家路の車窓
2002/07月号
2002/07/02火曜日
「親父鎮魂」
尊敬する親父がこの世を去りました.平成14年6月17日午前1時40分でした.家族で看取ってあげられたので,悔いは残さなかったように思います.霊安室で夜が明けるのを待ち,病院から自宅につれて帰ってきました.不思議なもので,これを契機にいくつかの出来事がありました.親父が導いてくれたのかと思います.これを記すことで供養の一つになればと思います.まずは,お仕事のお話から.
親父は地理を専門とする教育者で,当時勤務していた三鷹高校(僕の母校と言うのも不思議です)の地学クラブの学生と共に,三鷹市内の地下水汚染調査を行い,その後,当時の三鷹市長の鈴木平三郎氏と連名で論文を発表し,三鷹市の下水道設備整備の取っ掛かりとなる研究成果を挙げたそうです.親父の学位論文の1部はこの内容だったと先日,母から聞きました.今から50年近くも前で,高度成長期の真っ只中,地下水汚染という地味なテーマを選ぶという性格は,間違いなく息子の僕に受け継がれています.かくいう私は,10年前には建設華やかであった都市トンネルに関する研究を経て,今や流行となった地盤・地圏に関する環境問題を第一の研究テーマに取り上げ,その一つに地下水汚染も取り上げています.経緯は異なりますが,親父が取り組んでいた地下水汚染問題を,息子の僕が今,取り上げているのは不思議な因縁です.実は親父から三鷹市の話を詳しく聞いたことが無かったので,僕が地下水汚染問題を研究テーマに取り上げた後も,親父の研究成果を知りませんでした(勉強不足ですね).
僕たちの研究室では地下水をキーワードとした研究を進めていることから,それに関する図書があり,また関心の高い学生が研究を行っています.ある学生の机の上に,山本荘毅(やまもと そうき)先生の「地下水調査法」が置いてありました.何気なくページをめくり,人名索引を見てみると「小峰勇」とあることに気付きました.僕たち一族は「小峰」ではなく「小峯」であるので,違う人かなと思って当該ページを見てみると,本文では「小峯勇」で紹介され,先の三鷹市の地下水汚染に関する研究が詳しく紹介されていました.親父はもうこの世にいませんが,間違いなく研究の世界では生きており,しかも僕の近くにいると実感しました.
それから,もう一つ.
親父が病気がちになった頃,日向ぼっこするために「家具のニトリ」で買ってきた組み立て式ベンチを庭に置きました.親父が亡くなり自宅に連れ帰ってきた日の早朝,天気も良かったので,そのベンチに座って,小さくなってしまった自宅の庭を眺めていると,杏の木に鈴なりになっている杏子を見つけました.例年ではこんなに実らないのに,今年は何故かビックリするほど実がなっていました.僕は親父からの贈り物のように思い,思わず脚立を立てかけ「ありがとう」と心の中で親父に感謝しながら,摘み取りました.また,親父の孫たちも喜んで摘み取っていました.きっと孫たちも「ありがとう」と心の中で感謝しながら.親父,あなたの心は受け継がれていきますよ,きっと.
2002/07/02火曜日
「映画好きの生い立ちは」
僕は映画がとても好きだ.小学校5年生のとき母と「サブウェイ・パニック」というハリウッド映画を観に行ってからヤミツキになってしまった.この映画はB級映画だったと思うが,地下鉄ハイジャックの主犯役でロバート・ショー(かの有名な「ジョーズ」で最後に食われてしまうサメハンター役を演じた)が出演,それを追いかける刑事役でウォルター・マッソー(がんばれベアーズで監督役をしたホッペが垂れた個性派俳優)が出演していた,今思うと凄い映画である.
それからは東京・池袋にある「文芸座」,「文芸地下」によく通ったものである.昭和47年頃だと記憶しているが,その頃入館料は150円で月の小遣いが500円だった小学生の僕には手ごろな値段だった(この頃,レコードのドーナツ盤が500円だった).チャップリン映画の特集が組まれ,早朝から1日かけて,「黄金狂時代」,「殺人狂時代」,「ライムライト」,「独裁者」,「街の灯」,「キッド」などを立て続けに鑑賞し,映画館を出たときには夕方になっていて,黄色い太陽が眩しいと思ったのを鮮明に覚えている.この「文芸座」は一度倒産してしまい廃墟のようになっていた.その頃,池袋に立ち寄るたびに文芸座周辺を徘徊し,その空間・雰囲気を懐かしんでいた.このときの文芸座は僕にとって,「猿の惑星」でチャールトン・へストンが最後に見たあの自由の女神のように感じられた.
文芸地下で観た「砂の器」も忘れられない.文芸地下では,黒澤明監督の「デルス・ウザーラ」や「生きる」などの名作も観たが,「砂の器」ではボロボロに泣いてしまい映画が終わって20分ぐらい席から立てなかったのを覚えている.夕方の上映であったのと,今のように“入れ替え制”などする必要の無い状況であったので,鑑賞後20分間も映画の余韻に耽ることができたのである.
こんな僕にとって,「文芸座」や「文芸地下」は青春の場所であり,僕の「ニューシネマパラダイス」である.人生,進路,恋愛に迷うと,この映画館に向かい何か答えを持って自宅に帰れた.「ニューシネマパラダイス」の主人公トトと違って,このような場所が今現在,存在している幸運に感謝したい.
しかし,文芸座に通っている頃から30年近く過ぎた.今月6歳になった長男が映画好きを受け継いでくれている.今年になってから,「アトランティス」「モンスターズ・インク」「名探偵少年コナン」「クレヨンしんちゃん」と趣はだいぶ異なってしまったが,子供ともども映画好きを続けている.
注)わざと映画のタイトルを含めて書きました.映画を観ていないと分からない部分もあると思います.是非,映画を観てください.