家路の車窓
2009/07月号
2009/07/01水曜日
「単なる偶然から,奇跡的なアプローチ・・・そして30年ぶりの再会〜高校の同窓会から・その1〜」
いや〜,とても楽しいひと時でした.先日,高校の同窓会が30年ぶりに開催されました.教員という職業に就いてから,“人の縁の大切さ”を感じるようになって,すすんで幹事になりました.高校の同級生に,「幹事さん,ありがとう!」と言われて,とても嬉しかったです.30年前の高校卒業と同時にそれぞれ別々の道を歩いてきた皆が,再会できたことを,素直に嬉しく思いました.本当に楽しかったですね.2次会こみで5時間ほどの時間でしたが,あっという間に時は過ぎてしまいました.
幹事の主な仕事は,お店の予約と連絡ですが,インターネットと電子メールが主流の時代ですから,お店の予約も連絡も,とてもスムーズかつ迅速にできました.この30年もの間に,素晴らしい技術開発がなされて,それにも感謝したいですね.
30年ぶりに高校の同窓会を開催しようとなったのは,“単なる偶然”のように思います.昨年の秋頃,ある講義で,本学OBの方が講義にいらっしゃって,その人と名刺交換をした際に,そのOBの勤務先に高校の同級生が勤務していることを,ふと思い出し,「実は,御社に○○さんという高校の同級生がいるんですよね」とお話ししたら,「隣の席に座ってますよ」と.それをきっかけに電子メールで連絡が取れるようになりました.
また,昨年末に家族で沖縄に旅行に行ったのですが,レンタカーで観光をしていると,道路指示板に記された町の名前をみて,高校のある同級生のことを思い出しました.その高校生は,沖縄から都内の我が母校に入学してきた人でした.いかにも沖縄の人らしい名前で,道路指示板に記された町の名称は,同じ読みで,一字違いでした.レンタカーを運転しながら,助手席に座っていた妻に,「あの指示板にある町の名前とおなじ読みをする高校の同級生がいたんだよなぁ.オレと顔が似てるって言われてねぇ・・・」と話していました.そして年が明けて今年最初の学科教員会議で,3月に卒業する学生たちの進路決定状況の報告書類を見ている時,沖縄出身の学生が就職する会社名をみて,「あれっ,あの高校の同級生が勤めている会社じゃないか?」と思って,その学生に「その会社に,△△っていう,僕に似ている人いなかった?高校の同級生なんだけど・・・」と聞くと,その学生は「僕,その人に会っています」と・・・
そして,これも偶然なんだけれど,15歳で高校の同じクラスになったある友人とは,高校3年間同じクラスで,浪人時代も同じ予備校に通い,入学した大学・学部も同じ.さすがに学科は違ったのですが,教養の英語のクラスが同じになりました.1400名程度の同学年中,50名の確率で同じクラスになったんですねぇ.就職分野は,もちろん,異なるのですが,どういうわけだか,その後10年程度経ったある日,その同級生と土木学会で再会しました.さらには,僕が今勤務している大学・学科で博士号を取得したという・・・もう本当に奇跡だよね.お互い,「くされ縁だなぁ」と話しています.
この3名と僕は,これも偶然なんだけれど,同じ大学の卒業生でもありました.こんな感じで4人が電子メールで連絡が取れるようになりました.そして,なんとかクラスの同級生全員に声をかけて30年ぶりに同窓会を開催しようということになりました.もちろん,この時代ですから,電子メールを中心に連絡を取り合うことを考えました.
しかし30年も前に別れ別れになった高校の同級生の電子メールアドレスを調べるのは,大変でしたね.まず手がかりは,相変わらず,手紙や電話だったりします.30年前には,電子メールなんてありませんでしたからね.高校の卒業アルバムの住所録を元に,本人にたどり着くための方法を考えていくのですが,くされ縁の友人は勇気があって,どんどん電話をして連絡を取ってくれました.僕はというと,なんとなく30年も前のことなので,気後れして電話はできず,手紙作戦と情報利用作戦でいきました.そしてまた,この連絡先アプローチ作戦では,「奇跡ではないか」と思いたくなるようなことがありました.まさに,首の皮一枚でつながっているというような・・・高校の同級生だからこそ,つながっているんだなぁと思える出来事がありました.
手紙作戦は,卒業アルバムの住所録や同窓会誌の情報,それから連絡が取れるようになった同級生から入手した様々な情報(結構,女子の方がいろいろな情報を持っていますね)から,片っ端から手紙を出していきました.ある一人の人は,4つの住所の情報があったのですが,その4つ全部に手紙を出しました.また,連絡が取れるようになった人にもお願いして,まさに,“友達の輪”を再生しているような感じですね.ある人は,以前住んでいた市が僕の大学の近くであったことと,うる覚えだったのですが,ご本人のお仕事の内容から,研究活動で知っている人が勤務している組織ではないかと推理して尋ねてみると,“ビンゴ”でした.もう「やったー!」って感じですね.このアプローチも奇跡的であったと思います.高校時代の友人とは,どこかでつながっていたんだと思える喜びがありました.
一方,女子は凄いですね.全員と連絡が取れるようになりました.男子の方も20名ほどの同級生数でしたが,なんとか17名の人とは連絡が取れるようになりました.今も,連絡が取れていない人を,なんとか探し出そうと思っています.そして,そんなこんなで同窓会当日を迎えました.
2009/07/01水曜日
「早弁,居眠り・・・そして,今.〜高校の同窓会から・その2〜」
なんといっても30年ぶりの再会ですから,どんな話ができるのか,遠い彼方の記憶だけのつながりしかない皆ですから,どんな風になるのか・・・ドキドキものでしたね.そもそも,なんて呼んで良いのか,とも思いました.30年前は間違いなく,呼び捨てですが,もう社会的にも立派な人たちですし,呼び捨てはマズイのでは,と思っていました.そして,実際にあってみると・・・呼び捨てです,やっぱりね.「おー,○○かぁ〜」って感じですね.いや,呼び捨てどころか,当時のあだ名で呼んでいました.もう脳のメモリーの奥の方にしまい込んで忘れていた記憶が,いとも簡単に思いっきり呼び戻されていました.青春時代というのは,まさにそんな時間なんですね.ごく普通のことが素晴らしいこととして記憶されているのですね.青春時代には,背伸びなどせず,その時代にできる精一杯のことをやるべきですね.今,学生の人も同じようにやっていれば,この同窓会の瞬間の僕たちの喜びを30年後に分かってもらえることでしょう.
僕は,高校の頃,数学が得意科目で,それなりに頑張っていたと思っていました.そして,同窓会でも,そんな話しをしている中,特に多くの女子の方から伺った僕の高校時代の印象は,「早弁」と「居眠り」だそうです.僕としては「えー?」って感じでしたが,よーく考えてみると,「あっ,確かに,毎日,早弁していたし,その後の授業中では寝ていた」ということが鮮明に思い出されました.僕には,自分の都合の悪いことを簡単に忘れられる才能があるのかもしれませんね.そうそう,これを読んでくれている学生さんには,「早弁」は分からない専門用語かもしれませんね.「早弁」とは,お昼の時間になる前に,お弁当を食べちゃうということです.僕は,1時間30分ほど通学に要していたので,早朝,朝食もそこそこに家を出発していました.また,高校生の頃は,いつもお腹をすかしていました.そんな理由で,お昼時間まで待てずに,主に授業間の休み時間を利用して,お弁当を食べ始めていました.お昼時間には,お弁当は空っぽで,購買部に行ってパンを購入して,また食べるという感じでしたね.また,お腹いっぱいになると,眠くなるのは世の常で・・・授業中は机につっぷして寝てしまうということで,もう一つの印象である「居眠り」というキーワードになります.
他の皆にも,僕が熱く「オロナミンCは最高の飲み物だ!」と力説していたとか,よくカントリーラーメンの話しをしていたとか・・・なんか飲んだり食べたりの印象が強かったようです.カントリーラーメンというのは,通学途中に経由する西国分寺駅構内にあった立ち食いラーメン屋です.西国分寺駅で中央線と武蔵野線に乗り換えるのですが,当時は本数も少なく,乗換えがうまくいかないと30分以上待たなければなりませんでした.そんなとき,いつもお腹を空かしている高校生のすることは,食べることしかありません.当時の西国分寺駅構内には「カントリーラーメン」と「ドムドムバーガー」があって,やっぱりお腹にたまるのはラーメンということで,よくここのラーメンを食べていました.
それから,いつの世も,同年代の男女の立場は,女子の方がしっかりしていて,男子はちょっと・・・って感じですよね.特に僕の場合,背も小さい方でしたし,僕のクラスの女子は比較的背の高い人が多いクラスでしたので,「弟」のような扱いだったように思います.僕がいい加減なことをしたりすると,「駄目だよ,そんなことしちゃ.まったく」って,しかられていました.同窓会のときにも「そうだったよね〜」と言われるばかりでした.
そんなこんなで,あっという間の5時間でした.実際,話し足りなかったという感じでした.同窓会が始まるまでは,何を話せばよいのかと思っていたのに,終わってみると,話は尽きないという感じで,「あの話しもしたかったなぁ」と思うことが多いですね.これを機に,今回再生したネットワークを使って頻繁に同窓会をやりたいと思った次第です.これを読んでいる皆さん,是非,学生時代の同級生を探してみて下さい.情報化が大いに進んでいる時代です.これを活用すれば,そんな情報ツールなんかなかった時代の頃のきらめく記憶を思い出す素晴らしい機会に恵まれますよ.