家路の車窓
2010/03月号
2010/03/01月曜日
「母校散策その1〜中学校編〜」
毎年お正月には,母の住む実家に家族と2泊3日で遊びに行きます.僕の兄の家族も帰ってきますので,随分と賑やかなお正月になります.初詣やら,家族での久々の外食やらで,出かけることが多く,ドタバタしているうちに,お正月も終わってしまうという感じです.
「家路の車窓」2010年1月号にも書きましたように,昨年末から「散歩」をするようにしていますので,今年のお正月に実家に帰ったときにも散歩をしようと思い,しっかりと実行しました.散歩に出かけるとき「さて,どこに行こうかなぁ」と思って,すぐに「そうだ,母校の小学校と中学校に行こう.距離もちょうど散歩に適しているし.」と思い,40年ほども前の通学路に向かいしました.実は,僕の通っていた小学校と中学校は,隣り合っています.僕は小学校2年生のときに転校してきたので,中学3年生を卒業するまでの8年間も通った通学路です.通学路の風景は,一見,大きく変わったようにも思いましたが,よく見てみると,僕が通学していた小学生の頃と変わっていないところも発見でき,嬉しいというか,懐かしいというか,何ともいえない気持ちになりました.道路の幾何学的形状や家の配置などは,ほとんど昔のままのようでした.それから,看板が意外と懐かしさを醸し出してくれますね.古くなっても残っている看板は,取り外し忘れているのでしょうか.昔の雰囲気を醸し出してくれる最高のアイテムですね.
小学校も中学校も,一見,変わってしまったかのようにも見えるのですが,校舎の陰になっている部分などは,昔の風景を保っていて,懐かしむことができます.きっと,どこかに昔の部分を維持しているところがあるんですね.皆さんも,たまには,母校を訪ねてみてはいかがですか.本当に懐かしいですよ.
左:実家近くのお風呂屋さんの煙突.よく通いましたね.今も実家に帰ると,息子と娘と一緒に大きなお風呂に入りに行きます.娘は「温泉屋さん」と言って楽しみにしています.中:通学路の途中にある竹やぶ.小学生の頃,石を投げこむと,カン,カン・・カンと音がなるのが楽しくて,たくさん投げてたら地主さんに,こっぴどく怒られました.右:通学路です.小学生の頃,よくこんな車の通るところをかよったよなぁ.
左:小学校横の通学路.今も,ちょっと,う○ちくさいエリアなのだが,それがたまらなく懐かしい.よく,右側の高い塀に登って歩いて帰ったものです.傘を持って,「落下傘」とか言って,ここから飛び降り,何本もの傘を壊して帰りました.お袋さんに「傘が壊れた」というと,「壊れたんじゃなくて,壊したんでしょ!」とよく言われました.中:中学校の旧正門前の文房具屋さんの跡地(今はないようです).この文房具屋さんで,セチルチョコレートを友達によく買ってもらったものです.右:中学校横は,いまだに畑が広がってます.ここに誰かのカバンを捨てちゃったり・・・
2010/03/01月曜日
「伊坂幸太郎と司馬遼太郎の比較研究」
まさか,こんなタイトルで「家路の車窓」を書くとは思いませんでした.皆さんも「こいつ,いったいどんな比較をするんだよ.無理やりじゃないか!」と思う人も多いでしょう.伊坂幸太郎は,若い人に人気のある作家のようで,仙台を舞台にちょっとSFちっくな出来事をテーマとする作品を創っています.一方,司馬遼太郎は,「項羽と劉邦」や「坂の上の雲」など,数多くの歴史小説を世に出す大作家です.私は,高校生の頃から,この司馬遼太郎のロマンあふれる作品が大好きです.こんな大小説を,僕も書いてみたいと思ったほどです.
皆さんの中には,司馬遼太郎の作品をちょっと読みにくいと思う人もいるのではないでしょうか.僕も,司馬遼太郎の作品を読み始めると毎回そのように思います.毎回,ちょっと読みにくいなぁと思いつつ読み続けると,その物語の舞台が映像のように頭の中に広がります.しかも,その舞台背景には,色が付いているのです.頭の中に広がる風景に鮮明な色までついてくるような文章表現なのです.中国史をテーマにした作品などは秀逸で,まさに,その現場にいるかのように思わせる文章力があります.素晴らしいの一言です.
ところで,なぜ,伊坂幸太郎と比較するのでしょう.彼の作品をはじめて手にとったのは「重力ピエロ」でした.どうして,これを読もうと思ったのでしょうか.おそらく“重力”という理科系的・左脳的な用語と「ピエロ」という感情的・右脳的用語の組み合わせが面白いと思ったからでしょうか.よく分かりません.なんとなく,読んでみたいなと思わされるタイトルでした.そして実際,読んでみると,ちょっと突飛な展開があったりで,僕は「なじめないかな」と思いました.それから,この「重力ピエロ」を読み続けても,映像は頭の中に浮かぶのですが,色が付いていないのです.そう線画のような,登場人物の顔も輪郭や目,鼻は想像できるのですが,肌の色などが思い浮かばないのです.昔,”a〜ha”という海外ミュージシャンの”Take
On Me”という作品のPVのような線画の映像なのです.そんな感じでしたので,もう次の作品はきっと読まないだろうなと思っていたのですが,なんとなく気になる作家なんですよね.どうしてでしょう.最近映画化された「ゴールデンスランバー」なんて,ちょっとずるいなという感じです.僕の大好きなビートルズの楽曲の名前を小説のタイトルにしちゃうなんて.それから,Golden Slumbersの頃のジョン,ポール,ジョージ,リンゴの4人の関係をモチーフにして,登場人物の設定とその心模様をベースにして,サスペンス的な作品にしてしまうなんて,気になって仕方がないのですが,ずるいなぁと思うのですね.40歳を過ぎ,50歳を前にした僕のもっとも大切な部分を刺激するような設定なんだよねぇ,やっぱりズルイって感じです.現実のことのように物語を展開しているけれど,もしかしたら,遠い昔に置き忘れてきた何かを描いているのかもしれませんね,伊坂幸太郎は.そうだとすると,鮮明な色つきの映像ではなく,淡白すぎると思える線画の映像を思い浮かべさせる文章表現の方が適しているのかもしれませんね.思い出の映像が鮮明すぎると興ざめですよね.思い出は,淡い色か線画のような刺激の少ない映像の方が良いですもんね.そんなこんなで,伊坂幸太郎という新しい作家にはまっていきそうです・・・実際先日,衝動的に購入してしまいました・・・オーデュボンの祈り.いつの日かまた,感想文を公開しますね.